それらの人たちのために二度宿屋を追はれたのであつた。

 千曲川の上流長さ數里にわたつた寒村を川上《かはかみ》村と云つた。
 ずつと以前利根川の上流を尋ねて行つた時、水上《みなかみ》村といふのに泊つたことがある。
 村の名にもなか/\しやれたのゝあるのに出會ふ。上州の奧、同じく利根の上流をなす深い溪間の村に小雨《こさめ》村といふのがあつた。恐しい樣な懸崖の下に、家の數二十軒ばかりが一握りにかたまつてゐる村であつた。その次の村、これはそれよりも一二里奧の同じ溪に臨んだ小雨村よりももつと寂しい京塚村といふのであつた。この村をば私は對岸の山の上から見て過ぎたのであつたが、崖の中腹に作られた七八軒の家が悉くがつしりした構へで而かも他に見る樣にきたなつぽくなく、いかにも上品な古びた村に眺められたのであつた。どうしたのか、折々この村をば夢に見ることがある。
 荒川の上流と言つたが、二つの溪が落合つて本流のもとをなすのである。その一つの中津川といふものゝ水上に中津川といふ部落があるさうだ。昔徳川幕府の時代、久しい間この部落の存在は世に知られてゐなかつた。よくある話の樣に、折々その溪奧から椀の古びたの
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