まなくてはどうしても飯に手がつけられない。晝の辨當を註文する前に一本のそれを用意する事を忘れない。夕方はなほのことである。
それも獨りの時はまだいゝ。久し振の友人などと落合つて飮むとなると殆んど常に度を過して折角の旅の心持を壞す事が屡々《しばしば》である。恨めしい事に思ひながら、なほそれを改め得ないでゐる。いゝ年をしながら、といつも耻しく思ふのであるが、いつかは自づとやめねばならぬ時が來るであらう。
旅は獨りがいゝ。何も右言つた酒の上のことに限らず、何彼につけて獨りがいゝ。深い山などにかかつた時の案内者をすら厭ふ氣持で私は孤獨の旅を好む。
つく/″\寂しく、苦しく、厭はしく思ふ時がある。
何の因果で斯んなところまでてく/\出懸けて來たのだらう、とわれながら恨めしく思はるゝ時がある。
それでゐて矢張り旅は忘れられない。やめられない。これも一つの病氣かも知れない。
私の最も旅を思ふ時季は紅葉がそろ/\散り出す頃である。
私は元來紅葉といふものをさほどに好まない。けれど、それがそろ/\散りそめたころの山や谷の姿は實にいゝ。
谷間あたりに僅かに紅ゐを殘して、次第に峰にかけて
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