却つて美しく眺められた。切りそいだ樣な廣い岩層の斷崖に懸つてゐるので、その左右は深い森林となつてゐる。いつの間に湧いたのか、その森には細い雲が流れてゐた。
がつかりした樣な氣持で座敷に身體を投げ出したが、寢てゐても瀧は見える。雲は見る/\うちに廣がつて、間もなく瀧をも斷崖をも宿の下の杉木立をも深々と包んでしまつた。瀧の響はそれと共に一層鮮かに聞えて來た。
やがて酒が來た。襖の蔭から覗き見をする人の氣勢《けはひ》など、明らかに解つてゐたが、既うそんな事など氣にならぬほど、次第に私は心の落ち着くのを感じた。兎に角にこの宿屋だけはかねてから空想してゐた通りの位置にあつた。これで、今朝の事件さへ無かつたならば、どんなに滿足した一日が此處で送られる事だつたらうと、そぞろに愚痴まで出て來るのであつた。
一杯々々と重ねてゐる間に、雲は斷えず眼前に動いて、瀧は見えては隱れ、消えては露《あらは》れてゐる。うつとりして窓にかけた肱のさきには雨だか霧だか、細々と來て濡れてゐるのである。心の靜かになつて來ると共に、私はどうもこのままこの宿を去るのが惜しくなつた。此儘此處に一夜でも過して行つたら初めて豫《
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