ながら、一泊させて呉れと頼むと、其處の老婆は氣の毒さうな顏をして、此節はお客が少いのでお泊りの方は斷つてゐる、まだ日も高いしするからこれからまだ何處へでも行けませう、といふ。實は私自身強ひて泊る氣も失《な》くなつてゐた時なので、それもよからうと直ぐ思ひ直した。そして、それでは酒を一杯飮ませて呉れぬかといふと、お肴は何もないが酒ならば澤山あります、といひながらその仕度に立たうとして彼女は急に眼を輝かせた。
「旦那は東京の方ではありませんか?」
オヤ/\と私は思つた。それでも既う諦めてゐるので從順に左樣《さう》だよと答へて店先へ腰を下した。
「それなら何卒お上り下さい、お二階が空いて居ります、瀧がよく見えます。」
といふ。
それも可からうと私は素直に濡れ汚れた足袋を脱いだ。その間にまた奧からも勝手からも二三の人が飛んで來た。
二階に上ると、なるほど瀧は正面に眺められた。坂の中腹に建てられたその宿屋の下は小さい竹藪となつてゐて、藪からは深い杉の林が續き、それらの上に眞正面に眺められるのである。遠くなり近くなりするその響がいかにも親しく響いて、眞下で仰いだ姿よりもこの位ゐ離れて見る方が
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