思ふと、私自身笑ふにも笑はれぬ氣がして來たのである。
氣がつけば道は次第に登り坂になつてゐた。雨は幾らか小降りになつたが、心あての方角を望んでも唯だ眞白な雲が閉してゐるのみで、山の影すら仰がれない。小降りになつたを幸ひに出て來たのだらう、今まで氣のつかなかつた田植の人たちが其處等の段々田に澤山見えて來た。所によつては夏蜜柑の畑が見えて、黄色に染つた大きな果實が枝のさきに重さうに垂れてゐる。
程なく馬車は停つた。やれ/\と思ひながら眞先きに飛び降りると、成程いかにも木深い山がツイ眼の前に聳えて居る。瀧の姿は見えないが、そのまま山に入り込んでゐる大きな道が正しくその方角についてゐるものと思はれたので、私は賃金を渡すと直ぐ大股に歩き始めた。すると、他の客の賃金を受取るのもそこ/\にして馬車屋が直ぐ私のあとに隨いて來た。
「何處へ行くんだ?」
私は訊いた。
「へへえ、瀧まで御案内致します。」
「いいよ、僕は一人で行ける。」
「へへえ、でもこの雨で道がお危うございますから……」
「大丈夫だ、山道には馴れてる。」
「それでも……」
「オイ、隨いて來ても案内料は出さないよ。」
「いいえ、滅相な
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