、案内料などは……」
 勝手にしろ、と私も諦めて其儘急いだ。が、たうとう埓もない事になつたと思ふと、もう山の姿も雲のたたずまひも眼には入らず、折角永年あこがれてゐたその山に來ても、半ば無意識に唯だ脚を急がせるのみであつた。
「見えます、彼處に。」
 馬車屋の聲に思はず首を上げて見ると、いかにも眞黒に茂つた山の間にその瀧が見えて來た。流石に大きい。落口は唯だ氷つた樣に眞白で、ややに水の動く樣が見え、下の方に行けば次第に廣くなつて霧の樣に煙つてゐる。われともなく私は感嘆の聲をあげた。そして側の馬車屋に初めて普通の、人間らしい聲をかけた。
「何丈あるとか云つたネ、あの高さは?」
「八十丈と云つてゐますが、實際は四十八丈だとか云ひます。」
「なアるほど、あいつに飛んだのでは骨も粉もなくなるわけだ。」
 言ひながら、私は大きな聲を出して笑つた、胸の透く樣な、眞實に何年ぶりかに笑ふ樣な氣持をしながら。
 その瀧の下に出るにはそれから十分とはかからなかつた。凄く轟く水の音をツイ頭の上に聞きながら深い暗い杉の木立の下を通ると、兩側に澤山大小の石が積み重ねてある。馬車屋はそれを指して、みな瀧に飛んだ人の
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