い古刹もあるのである。併し、御者のわざ/\斯う訊いたのは決して言葉通りの意味でないことを私は直ぐ感じた。此奴、驛前の宿屋で聞いて來たナ、と思ひながら慳貪《けんどん》に、
「イヤ、瀧だ。」
 と答へた。
「瀧ですか、瀧は斯んな日は危う御座んすよ。」
 と言ふ。にや/\してゐる顏がその背後《うしろ》から見える樣だ。
 暫く沈默が續くと、今度は私と向ひ合ひに乘つてゐる福々しい老人が話しかけた。このお山は初めてか、といふ樣なことから、今日は何處から來たか、お山から何處へ行くかといふ樣な事だ。言葉短かにそれに返事をしてゐると、他の二人も談話の中に加はつて來た。これは老人とは違つた、見るからに下卑た中年の夫婦者である。私はよく/\の事でなければ返事をせず、一切默り込むことにしてゐた。すると次第に彼等同志だけで話が逸《はず》んで來て、後には御者もその仲間に入つた。多くは瀧が主題で、この近來どうも瀧に飛ぶ者が多くて、そのため村では大迷惑をしてゐる、瀧壺の深さが十三尋もあつて、しかもその中は洞になつてゐると見え、一度飛んだ者は決して死骸が浮んで來ない、所詮駄目だと解つてはゐるものの村ではどうしても其儘《
前へ 次へ
全27ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング