の終りの頃からででもあつたらう、嚴格を極めてゐた寄宿舍内の自分の机の抽斗《ひきだし》の奧には、歌集「みだれ髮」がかいひそみ、縁の下の乾いた土の中には他人の知らぬ「一葉全集」が埋められてあるやうになつたのは。机に對ふことも極めて少なくなり、多くの時間は學校の裏山の木の蔭や、程ちかい海のほとりの砂原で費されるやうになつて了つた。撃劍や野球の稽古に常に小鳥の如く輝いてゐた自分の瞳には日に増し故の無い一種の沈悒を湛へて來た。珍しく机に對つても茫然と考へ込むことが多かつた。
 いつの年であつたか、自分は久しく忘れてゐた初太郎の名を新聞で見た。彼が初めから終りまで首席で通して目出たく今囘卒業したことを賞讚した報道で、次いで今後直ちに彼は高等學校の醫學部に進むべしと書き添へてあつた。丁度その年のこと、夏になつて自分は休暇で村に歸省した。父母はこの一二年前よりの自分の成績の惡くなつたことを口を極めて叱責し、聲をひそめて、初太郎を見ろと言つた。それでもすぐまた續けて、父は微かな冷笑を眼に浮べて、然し、幾ら勉強が出來たところで、あの身體ぢや既う駄目だ、と言ひ足した。母も續いて、それにあゝ※[#「廴+囘」、
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