は烈しい眼病をわづらつてゐたとのことである。これらの話を話す時は、流石にわが母も笑はなかつた。自分の家でも父の手を出してゐた二三の鑛山事業がいよいよ失敗と定まつたので、また近々に大決斷で殘部の山や畑を賣拂はねばならぬことになつてゐたのである。萬事につけ父も母ももう人の惡口を言ふたり笑つたりしてゐる餘裕などはかりそめにも失くなつてゐたのだ。自然無言勝ちになつた父母の顏には汚い白髮が、けば/\しく眼に立つて來た。
 その翌春、自分は中學を卒業すると同時にひそかに郷國を逃げ出して東京へ出て、或る私立學校の文學科に入つて了つた。卒業前、父はわざ/\村から自分を中學の寄宿舍まで訪ねて來て、いつもに似ず悄然と、何卒この場合精紳を堅固にして迷はぬやうに心がけて呉れと寧ろ哀訴するやうに自分に注意した。迷はぬやうにとは、父はかねて自分を直實な醫者にするつもりであり、自分は文學をやると言ひ張つて、久しく言ひ合つてゐたのであつたが、終《つひ》に自分は内心策をかまへて、表面だけ父の意に從ふやうに曾つて誓つたことがあつたので、何卒その誓ひを完うして呉れといふのである。けれども自分は終にこの老いたる父に反《そむ》
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