今言つたのは極《ご》く些細の例を取つたのだが、萬事がさうだ。どんな事でも皆|失策《おちど》といつたら細君が背負ふんだぜ。そして愚にもつかぬ事を取つ捉へてあの爺さんが無茶苦茶に呶鳴り立てて終《つひ》には打抛《ぶんなぐ》る。然るに矢張り彼女《かれ》は大平氣さ。何日《いつ》ぞやは障子を開けておいたのが惡いとかいつて、突然手近にあつた子供の算盤《そろばん》で細君の横面《よこつら》を思ひきり抛《なぐ》つた。細君の顏はみる/\腫れ上つた、眼にも血が浸《にじ》んで來た。僕はそれを見て可哀相で耐《たま》らんので、そのあとで心を籠めて慰めようと、一二言言ひかくると、彼女《かれ》は曰くサ、否《いえ》ネ、向うが鐵鎚《かなづち》で此方も鐵鎚なら火も出ませうけれど、此方は眞綿なんですからね、とその腫れた面を平氣で振り立てて、誰からか教《をそ》はつて來たらしい文句を飽くまでも悟り濟ましたやうに得意然として言つてるぢやないか。僕は一言も返事することが出來なかつた。」
不圖《ふと》したことから話はいつもよく出る細君の性格研究に移つてしまつた。自分も常に見聞してゐる事實ではあるし、つい惹きこまれて身を入れて聽いて居る
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