可笑しい位ゐ熱心になつて言つて居る。自分は微笑みながら手近の辭書を枕にしてこの若い友の言ふのを聞いて居る。西の窓を通して大きな柏の木の若葉が風にも搖れず靜まり返つて居る。室にはまだ微光が漂つて居る。
「如何しても天性なんだよ。催促の一事に限らず萬事が君、ああいふ風ぢやないか。僕はいつも他事《よそごと》ながら癪《しやく》にさはるやうに感ずるのだが、そら君、此家《ここ》の夕食の膳立を知つてるだらう。あの爺《ぢい》さんばかりはこの貧乏のくせに毎晩四合の酒を缺かさずに、肴の刺身か豚の鍋でも料理《こしら》へてゐないことはない。それに君|如何《どう》だ、細君は殆んど僕等の喰ひ餘《あま》しの胡蘿蔔《にんじん》牛蒡《ごぼう》にもありつかずに平素《しよつちう》漬物ばかりを噛《かぢ》つてる、一片《ひときれ》だつて亭主の分前《わけまへ》に預つたことはないよ。」
 自分は思はず失笑《ふきだ》した。
「イヤ事實《まつたく》だよ。それも君、全然《まるつきり》彼女《かれ》は平氣なんだから驚くぢやないか。幾ら士族の家だつたからつて、ああまで專制政治を振り※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]されちや叶はん。イヤ、
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