いつもこの事に馴れきつて居る酒屋の番頭の金切聲といふものは殆んど近邊《きんぺん》三四軒の家までも聞え渡らうかと思はれる位ゐで、現に三四人の子供は面白相に眼を見張り囁《ささや》き交して門前に群がつて居る。こんな有樣で二階に居る身も氣が氣でない。宛《さなが》ら自分等があの亂暴な野卑な催促を受けて居るかのやうで二人とも息を殺して身を小さくして縮《すく》んでゐたのである。
 折よく其處へ主人が歸つて來て、どういふ具合に斷つたものか定めし例の巧みな口前を振《ふる》つたのであらう、先づ明晩まで待つて呉れといふ哀願を捧げて、辛くも三人を追ひ歸した。
 其|後《あと》ではまた細君を捉へて罵る主人の怒つた聲が忍びやかに聞えてゐた。
 斯んなことは決して今に始まつた事でないので、僕等が此家《ここ》に移つて以來、殆んど數ふるに耐へぬ程起つて居るのである。
「然し……………」
 と友は笑ふのをやめて、眞面目になつて、
「然し、細君はあれが全然《まるつきり》氣にならぬと見えるね。」
「まさか、何ぼ何だつて幾分かは……」
「いや、全然《まるつきり》だぜ。あんなに酷い嘲罵を浴びせられても、それは實にすましたもんだよ
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