今に見給へ、また例の泥臭い生温《なまぬる》の湯を持つて來るぜ。今|大周章《おほうろたへ》で井戸に驅け出して行つたから。」
「水も汲んでないのか、どうもまつたく驚くね。丁度今は夕方ぢやないか。」
「よくあれで世帶が持つて行ける。」
「行けもしないぢやないか。如何《どう》だい、昨夜《ゆうべ》は。」
と言つてたまらぬやうに、ウハヽヽヽと吹き出した。續いて自分も腹を抱へて笑つた。
昨夜《ゆふべ》の矢張り今の頃、酒屋の番頭が小僧をつれて、先々月からの御勘定を今日こそはといふので今まで幾十度となく主人の口車に乘せられて取り得なかつた金を催促に押しかけて來た。丁度主人は不在《るす》だつたので彼等は細君を對手に手酷く談判に及んだ折も折、今度はまた米屋の手代が、これも同じく、もう如何しても待つてはあげられませぬと酒屋が催促して居る眞最中《まつさいちゆう》に澁り切つてやつて來た。狹苦しい門口《かどぐち》は以上の借金取りで、充滿《いつぱい》になつて居るといふ騷ぎ。あれやこれやといろ/\押問答がやや久しく續けられてゐたが、終《つひ》には喧嘩かとも思はるるばかりの烈しい大聲を張り上げるやうになつて來た。殊に
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