て自分は湯を貰ひに二階から勝手に降りた。折惡しくすつかり冷え切つてゐますので沸かして持つて參ります、と宿の主婦《おかみ》は周章《うろた》へて炭を火鉢につぐ。宿といつても此家《ここ》は普通《なみ》の下宿ではない、ただ二階の二間《ふたま》を友人と共に借切つて賄《まかなひ》をつけて貰つてるといふ所謂《いはゆる》素人下宿の一つである。自分等の引越して來たのはつい三ヶ月ほど以前《まへ》であつた。
序でに便所に入つて、二階の室に歸つて行くと、待ち兼ねてゐたらしい友は自分の素手《すで》なのを見て
「又か?」
と、眉をひそめて、苦笑を浮べる。
無言に點頭《うなづ》いて、自分は坐つてまた横になつて、先づ菓子を頬張つた。渇き切つた咽喉を通つて行くその不味《まづさ》加減と云つたら無い。思はずも顏をしかめざるを得なかつた。
自身にもこの經驗をやつたらしい友は、微笑みながら自分のこのさまを見守つてゐたが、
「どうも困るね、此家《ここ》の細君にも。」
と低聲《こごゑ》で言つて、
「何時《いつ》行つてみても火鉢に火の氣のあつたことは無い。」
と、あとは大眞面目に不足極まるといふ顏をする。
「まつたくだ。
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