つて來ると、初めてそれに氣がついたやうに、それからはまた幾久しく一本調子にその一種の野菜が膳に上る。それも時に料理法でも變へるなどといふことは決してないのである。)食器類その他の不潔だといふこと、何だかだと新しくもないことを言ひ合つてゐたが、それにも倦んで、やがては兩人《ふたり》とも默り込んでしまつた。子供の高い聲と細君の例の調子の笑ひ聲とが、また耳に入つて來た。
「あれを聞くと、僕は一種言ひ難い冷氣を感ずる。」
 と、突然友は自分の方に寢返りして言つた。丁度自分もそれを感じてゐたところであつたので、無言に點頭《うなづ》いた。
 斯くするうち漸く階子段の音がして、細君は鐵瓶を持つて二階に昇つて來た。そしていつものやうに無言に其處にそれを置いて降りて行くだらうと思つて居ると、火鉢の側に一寸膝を下したまま、襷《たすき》に手をかけながら、いかにも珍奇な事實を發見したといふ風に微笑を含んで、
「不思議なこともあるものですわねえ。」
 と、さも不思議だといふ風に兩人《ふたり》をゆつくり[#「ゆつくり」に傍点]と見比べる。兩人とも細君の顏を見てそして次の句を待つてゐたが、容易に出ないので、待ちかねて友は訊いた。
「如何かしたのですか。」
「先日《こなひだ》、妾《わたし》は夢を見ましたがね、郷里《くに》で親類中の者が集つて何かして居るところを見ましたがね、何をして居るのやら薩張り解らなかつたのでしたがね……」
 と、一寸句を切つて
「そしたら先刻《さつき》郷里《くに》の弟から葉書を寄越しましたがね、父親《ちち》が死んだのですつて。」
「エ、お父樣が、誰方《どなた》の?」
「妾《わたし》の父親《ちち》ですがね、十日の夕方に死んだ相ですよ……。それも去年|妾《わたし》共は東京《こちら》に來た時一度知らしたままでまだ郷里《くに》の方にはこちらに轉居したことを知らしてやらなかつたものですから、以前の所あてに弟が葉書を寄越したものと見えて附箋附きで先刻《さつき》それが屆きました。」
「貴女《あなた》のお父樣ですか?」
 友は自己の耳を疑ふやうに眼《め》を眞丸《まんまる》にして訊き返して居る。
「エヽ。」
 と、細君は、まだ何か言ふだらうかと云ふ風に友を見詰めて居る。
「さうですか、それはどうも飛《と》んでもない事でしたね、嘸《さ》ぞ……」
 と自分は起き直つて手短かに弔詞《くやみ》を述べた
前へ 次へ
全10ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング