と、N―が醉つた眼を瞑ぢて、頭を振りながら言つた。
 小さな車室、疊を二枚長目に敷いた程の車室に我等二人が入つて坐つてゐると、あとの四人もてんでに青い切符を持つて入つて來た。彼等の乘るべき信越線の上りにも下りにもまだ間があるのでその間に舊宿まで見送らうと云ふのだ。感謝しながらざわついてゐると、直ぐ輕井澤舊宿驛に來てしまつた。此處で彼等は降りて行つた。左樣なら、また途中で飮み始めなければいゝがと氣遣はれながら、左樣なら左樣ならと帽子を振つた。小諸の方に行くのは二人づれだからまだいゝが、一人東京へ歸つてゆくM―君には全く氣の毒であつた。
 我等の小さな汽車、唯だ二つの車室しか持たぬ小さな汽車はそれからごつとんごつとんと登りにかゝつた。曲りくねつて登つて行く。車の兩側はすべて枯れほうけた芒ばかりだ。そして近所は却つてうす暗く、遠くの麓の方に夕方の微光が眺められた。
 疲れと寒さが闇と一緒に深くなつた。登り登つて漸く六里が原の高原にかゝつたと思はれる頃は全く黒白《あやめ》もわからぬ闇となつたのだが、車室には灯を入れぬ、イヤ、一度小さな洋燈《ランプ》を點したには點したが、すぐ風で消えたのだつた
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