。一二度停車して普通の驛で呼ぶ樣に驛の名を車掌が呼んで通りはしたが、其處には停車場らしい建物も灯影も見えなかつた。漸く一つ、やゝ明るい所に來て停つた。「二度上」といふ驛名が見え、海拔三八〇九呎と書いた棒がその側に立てられてあつた。見ると汽車の窓のツイ側には屋臺店を設け洋燈を點し、四十近い女が子を負つて何か賣つてゐた。高い臺の上に二つほど並べた箱には柿やキヤラメルが入れてあつた。そのうちに入れ違ひに向うから汽車が來る樣になると彼女は急いで先づ洋燈を持つて線路の向う側に行つた。其處にもまた同じ樣に屋臺店が拵へてあるのが見えた。そして次ぎ/\に其處へ二つの箱を運んで移つて行つた。
 この草津鐵道の終點嬬戀驛に着いたのはもう九時であつた。驛前の宿屋に寄つて部屋に通ると爐が切つてあり、やがて炬燵をかけてくれた。濟まないが今夜風呂を立てなかつた、向うの家に貰ひに行つてくれといふ。提燈を下げた小女のあとをついてゆくとそれは線路を越えた向う側の家であつた。途中で女中がころんで燈を消したため手探りで辿り着いて替る替るぬるい湯に入りながら辛うじて身體を温める事が出來た。その家は運送屋か何からしい新築の家で
前へ 次へ
全69ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング