に招ぜられた。
番人の老爺が唯だ一人居ると私は先に書いたが、實はもう一人、棟續きになつた一室に丁度同じ年頃の老人が住んでゐるのであつた。C―家がこの丸沼に紅鱒の養殖を始めると農務省の水産局からC―家に頼んで其處に一人の技手を派遣し、その養殖状態を視る事になつて、もう何年かたつてゐる。老人はその技手であつたのだ。名をM―氏といひ、桃の樣に尖つた頭には僅かにその下部に丸く輪をなした毛髮を留むるのみで、つる/\に禿げてゐた。
言葉少なの番人は暫く榾火を焚き立てた後に、私に釣が出來るかと訊いた。大抵釣れるつもりだと答へると、それでは沼で釣つて見ないかと言ふ。實はこちらから頼み度いところだつたので、ほんとに釣つてもいゝかと言ふと、いゝどころではない、晩にさしあげるものがなくて困つてゐたところだからなるだけ澤山釣つて來いといふ。子供の樣に嬉しくなつて早速道具を借り、蚯蚓を掘つて飛び出した。
「ドレ、俺も一疋釣らして貰ふべい。」
案内人もつゞいた。
小舟にさをさして、岸寄りの深みの處にゆき、糸をおろした。いつとなく風が出て、日はよく照つてゐるのだが、顏や手足は痛いまでに冷えて來た。沼をめぐつ
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