事ごとに心を躍らさずにゐられなかつた。
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沼のへりにおほよそ葦の生《お》ふるごと此處に茂れり石楠木の木は
沼のへりの石楠木咲かむ水無月《みなつき》にまた見に來むぞ此處の沼見に
また來むと思ひつつさびしいそがしきくらしのなかをいつ出でて來む
天地《あめつち》のいみじきながめに逢ふ時しわが持ついのちかなしかりけり
日あたりに居りていこへど山の上の凍《し》みいちじるし今はゆきなむ
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昂奮の後のわびしい心になりながら沼のへりに沿うた小徑の落葉を踏んで歩き出すと、程なくその沼の源とも云ふべき、清らかな水がかなりの瀬をなして流れ落ちてゐる處に出た。そして三四十間その瀬について行くとまた一つの沼を見た。大尻沼より大きい、丸沼であつた。
沼と山の根との間の小廣い平地に三四軒の家が建つてゐた。いづれも檜皮葺の白々としたもので、雨戸もすべてうす白く閑ざされてゐた。不意に一疋の大きな犬が足許に吠えついて來た。胸をときめかせながら中の一軒に近づいて行くと、中から一人の六十近い老爺が出て來た。C―家の内儀の手紙を渡し、一泊を請ひ、直ぐ大圍爐裡の榾火《ほだび》の側
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