當の古木で、昨年も今年も實によく咲いてくれた。何ともいへない清淨な花のすがたであつた。そしてこの木に澤山の實がなつた。小さな/\まんまろい黒紫の實である。この實をとることをば父親があまりやかましく言はないので子供たちはこの木によく寄つて行つた。そして脣からヱプロンなどまで黒紫の色に染めては母親に叱られた。
櫻桃と林檎。ともに北國の木で、この沼津の海岸には一寸思ひがけぬものである。然し林檎も花だけはきれいに咲くさうである。實も或る程度まで大きくなつて落ちるといふ。櫻桃は意外にも今年立派な實をつけた。山形秋田あたりのものに比べて、さして見劣りのせぬ實をつけたのは意外であつた。來年は十分に肥料をやらうとおもふ。
茱萸《ぐみ》。これは茱萸としては先づ見ごとな木である。苗代茱萸でも秋茱萸でもない所謂西洋茱萸であるが、根もとから幾本かに分れて枝の茂つてゐる大きな木である。地味にふさふのだか、一度だけ肥料をやつたに葉も枝も艷々しく茂つて、それこそ無數の實を結んだ。今が丁度まつさかりの熟れどきである。親指のさきほどの圓い眞紅なのが、枝といふ枝のさきからさきにかけてぎつしりとなり枝垂《しだ》れてゐる
前へ
次へ
全10ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング