今朝は私は割に早く起きた。ひどい雨の音である。火をねんごろにおこして、好きな雨を聽きながら赤ペンをとつてゐた。爲事《しごと》も捗《はかど》り、いつもより早目に私は酒の燗をつけた。朝爲事のあとで一杯飮むのも永い間の習慣である。嘗める樣にしてゐてもいつかうつとりと醉つて來る。其處へ姉妹揃つてやつて來た。机や爐の側に寄ると叱られるので、きまつて部屋の隅におさげとおかつぱの頭をつき合せながら幾度か讀みかへしたらしい繪雜誌などを開いて見始めるのである。無論おしやべりをすれば叱られる。それが今朝何やら頻りに小聲で話し始めた。憚りながらもツイ高目な聲で、十二よ、いゝヱ十三よ、と爭ひながら、めい/\に指を折りつゝ何やら數へてゐる。
『何だネ』
 父親もツイ口を入れた。
『ねヱ阿父さん、うちの庭にあるたべものゝ木は十三本だネ』
『違ひますよ、やまざくらの實はたべられるにはたべられるけど、たべものの木ではないわねヱ、あれは花の木だねヱ』
 父親も數へ始めた。子供たちの氣のつかないのも幾つも出て來たが、サテ愈々幾本とはなか/\きまらなかつた。
『よし、其處で言つてごらん、阿父さん書いてゆくから』
 子供
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