たちの聲につれて沒書になつた歌の原稿の上に書き始めた。
 かき、みかん、もゝ、くり、ざくろ、なつみかん、なし、りんご、ぶだう、さくらんぼ、うめ、びは、ぐみ、ゆず、だいだい、あんず、はだんきやう、ゆすらうめ、の十八種に問題のやまざくらの實をも數へる事に話はきまつた。
『ほゝウ、隨分たくさんあるのねヱ、うれしい/\』
 私自身も一寸意外であつた。數へれば斯んなにもなるのか、と思つた。漸く昨年の春から集めだしたものである。
 柿と栗は何よりも私のほしいものであつた。たべものとしてもだが、柿はその枝ぶりが好く、栗は落葉のなかに落ちてゐる姿が見たかつた。甘柿二三本、澁は七八本もあるであろう。もつとも中にはまだ三四尺のたけのもあるのである。甘柿の熟れるのを待つて齒をあつる味はあれはまつたく秋のはじめの味である。水氣《すゐき》あるがごとく無きがごとく、甘味《かんみ》あるがごとくなきが如くたべてもせい/″\一つか二つ位ゐのところ、甘柿の味はまつたく初秋のものである。圓き、平たき、やゝとがれる、まだらな青き、まつたく熟れたる、枝に在る、手に持てる、實の形も愛すべきものである。甘柿は早く紅葉し早く落つる。色は澁柿の方が深い。が、何と云つても柿は枝と幹とである。しかも幹は太く固く瘤《こぶ》だち、枝はこまかく繁く垂れた老木《らうぼく》が難有《ありがた》い。殘念ながら私はその姿を自分の庭に見て死ぬわけにはゆかぬ。然し、この秋から實のなるのは二三本ある。末の子供は此頃毎日その落花を拾つて來る。花も面白い姿をして居る。また、あの眞紅《しんく》の色を見つくすべく、澁柿はどうか熟れて落ちるまで梢におきたいものである。
 栗は花も木もわづらはしいが、乾いた落葉と、その中に實を含みながら笑みわれて落ちてゐる毬《いが》を見るのは樂しい。毬ばかりか、それこそ、本當の栗色をしたあの實の形も可愛いいではないか。柿が田舍の村の日向を思はすならば、この落栗は野山の日向であらう。うまいのはそれこそ野山の灌木林などにある實の小さい柴栗がうまいが、うちにあるのは今のところみな丹波栗である。これもいま花をつけつゝある。
 柚子《ゆず》。これもたべるより見るが樂しみで熱心に探して來て植ゑた木である。これはその黄いろく熟れた實を見るのである。枝もこまかく密生して一寸趣きがある。柚子味噌も惡くはない。
 橙。これは食用である。濱
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