。どこから、この夥しい蠅が来たのだ)
 彼の眼は次第に険悪《けんあく》の色を濃くしていった。
 どこから来たのだ、この夥しい蠅群は!
「ああッ。――」
 と彼は叫んだ。
「この蠅が来るためには、この家の外に、なにか蠅が沢山たかっている物体があるのだ。雨が降って――そして蠅が叩かれ、あわててこの窓から飛びこんできたのだ。そうだそうだ、それで謎は解ける!」
 彼は爛々《らんらん》たる眼で見入《みい》った。
(だが、その蠅の夥《おびただ》しくたかっている物体というのは、一体なにものだったろう)
 彼は急に落着かぬ様子になって、ブルブルと身体を慄《ふる》わした。両眼はカッと開き、われとわが頭のあたりにワナワナとふるえる両手を搦《から》みつけた。
「ああッ。――ああッ、あれだッ。あれだッ」
 彼は腰掛から急に立ち上った。釘《くぎ》をうったように棒立ちになった。ひどい痙攣《けいれん》が、彼の頬に匍《は》いのぼった。
「妻だ。妻の死体だッ」彼の声は醜《みにく》く皺枯《しわが》れていた。「妻の死体が、すぐそこの窓の下に埋《う》まっているのだ。それがもう腐って、ドンドン崩れて、その上に蠅がいっぱいたかっ
前へ 次へ
全46ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング