と一伍一什《いちぶしじゅう》を見ていた軍団長はうまいことを述《の》べて、大きな椅子のうちに始めて腰を下ろした。
「注意をすることが、卑怯であるとは思いませぬ」とマレウスキー中尉は引込んでいなかった。「怪しいことがあれば、そいつは何処までも注意しなきゃいけません。たとえば……」
「たとえば何だという?」とフョードルが憎々《にくにく》しげに中尉を睨《にら》みつけた。
「たとえば、ああ、そこをごらんなさい。一匹の蠅が壁の上に止まっている。そいつを怪しいことはないかどうかと一応疑ってみるのがわれわれの任務ではないか」
「蠅が一匹、壁に止まっているって? フン、あれは……あれは先刻《さっき》弁当屋の小僧が持って来た弁当の函から逃げた蠅一匹じゃないか。すこしも怪しくない」
「それだけのことでは、怪しくないという証明にはならない。それは蠅があの黒い函の中から逃げだせるという可能性について論及《ろんきゅう》したに過ぎない。あの蠅を捕獲《ほかく》して、六本の脚と一個の口吻《こうふん》とに異物《いぶつ》が附着しているかいないかを、顕微鏡の下に調べる。もし何物か附著していることを発見したらば、それを化学
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