あろうか。
 私がもし生物学者であったとしたら、蠅が卵を生み始めた頃直ぐに、重大なる事柄に気がつかねばならなかったのである。随《したが》って、近頃の私自身の気分の悪さについても、早速《さっそく》思いあたらねばならなかったのであるが、幸か不幸か、私には蠅の雌雄《しゆう》を識別《しきべつ》する知識がなかったのである。
 実は私は――理学博士|加宮久夫《かのみやひさお》は、本日医師の診察をうけたところによると、奇怪にも妊娠しているというのである。男性が妊娠する――なんて、誰も本当にしないであろうが、これは偽《いつわ》りのない事実である。ああなんという忌《いま》わしき、また恐ろしいことではないか。男性にして妊娠したというのは、私が最初だったであろう。なぜ妊娠したか。その答えは簡単である。――この研究室に棚曳《たなび》いている宇宙線が私の生理状態を変えてしまって、そして妊娠という現象が男性の上に来たのだ。
 私が生物学者だったら、この壜の中の蠅が卵を生んでいるときに、既に怪異に気がつくべきだった。何となれば、その卵を生んでいる蠅は、いずれも皆|雌《めす》ではなく、実に雄《おす》だったのである。そ
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