こに止まっていたではないか。それが今も尚《なお》、あすこに止まっている。あれは、先の蠅と同じ蠅かしら。違うかしら。もし同じ蠅だとしたら生きているのか死んでいるのか」
 彼は不図《ふと》そんなことを思った。しかしそれだけでは、一向彼を昂奮に導くには足《た》りなかった。
「なにものか、自分を昂奮《こうふん》させてくれるものよ、出て来い!」
 彼はなおも執拗《しつよう》に、心の中で叫んだ。
「そうだ。あれしかない。古い手だが、暫く見ない。あれをまたすこし見れば、なんとかすこしは刺戟があるだろう」
 彼は昔の秘密の映画観賞会のことを思い出したのだった。
(三ヶ月ぶりだ。……)
 そう思いながら、彼は或るブローカーから切符を買うと、秘密の映画観賞会のある会合へ、こっそりと忍びこんだ。会主にも表向き会わないで、昂奮だけをソッと一人で持ってかえりたいと思ったからである。
 映画はスクリーンの上に、羞らいを捨てて、妖《あや》しく躍りだした。大勢の会員たちが自然に発する気味のわるい満悦《まんえつ》の声が、ひどく耳ざわりだった。しかし間もなく、心臓をギュッと握られたときの駭《おどろ》きに譬《たと》えたいも
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