だ。多分お昼に食った俺《おれ》の皿が入っているだろう」
「なんだって、弁当の空《から》か?」
「どうして、それがこんなところにあるのか」
「イヤ、さっき弁当屋の小僧が来た筈なんだが、持ってゆくのを忘れたのじゃあるまいかのウ」フョードル参謀は云った。
「忘れてゆくとは可笑《おか》しい、中を検《しら》べてみろ」
「早くやれ、早くやれッ」
「よォし」とフョードル参謀は進み出た、「じゃ明《あ》けるぞオ」
一同の顔はサッと緊張した。軍団長イワノウィッチは、大刀《だいとう》を立《たて》て反身《そりみ》になって、この際の威厳《いげん》を保《たも》とうと努力した。
「よォし、明けろッ」
「明けるぞオ」
フョードルは、黒函《くろばこ》の蓋に手をかけると、音のせぬようにソッと外《はず》しにかかった。一同の心臓は大きく鼓動をうって、停りそうになった。
「……?」
蓋はパクリと外れた。
「なアんだ」
見ると、函の中には、白い料理の皿が二三枚|重《かさ》なっているばかりだった。皿の上には食いのこされた豚の脂肉《あぶらにく》が散らばっていて、蠅が二匹、じッと止《と》まっていた。
「ぷーッ。ずいぶん汚い」
「見ないがよかった。新兵器だなんていうものだから、つい見ちまった」
一同は興《きょう》ざめ顔のうちに、まアよかったという安堵《あんど》の色を浮べた。
そのとき入口の扉《ドア》が開いて、少年がズカズカと入ってきた。
「おや、貴様は何者かッ」
「誰の許しを得て入って来たか」
将校たちに詰めよられた少年は、眼をグルグル廻すばかりで、頓《とみ》に返辞も出せなかった。
「オイ、許してやれよ」フョードル参謀が声をかけた、「いくら白軍《はくぐん》の新兵器が恐ろしいといったって、あまり狼狽《ろうばい》しすぎるのはよくない……」
「なにッ」
「そりゃ、弁当屋の小僧だよ」
「弁当屋の小僧にしても……」
「オイ小僧、ブローニングで脅《おどか》されないうちに、早く帰れよ」
少年はフョードルの言葉が呑みこめたものか、肯《うなず》いて黒い函をとると、重そうに手に下げ、パッと室外に走り出した。
「なーんだ、本当の弁当屋の小僧か」
「いや小僧に化けて、白軍の密偵が潜入して来るかも知れないのだ」とマレウスキー中尉は神経を尖《とが》らした。
「油断はせぬのがよい。しかし卑怯《ひきょう》であっては、戦争は負けじゃ」
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