い特別の原因がなくては起り得るものではない。――その原因を、わが研究室の宇宙線に帰《き》することは、極《きわ》めて自然であると思う。無論読者においても賛成せられることであろう。……
*
――さて、前段の文章は、途中で切れてしまったが、まったく申訳がない。実は急に胸元《むなもと》が悪くなって、嘔吐《おうと》を催《もよお》したのだ。そして軽い脳貧血にさえ襲われた。私は皆の薦《すす》めで室を後にし、別室のベッドに寝ていたのだ。それからかれこれ三時間は経った。やっと気分もすこし直って来たので、起き上ろうかと思っていると、其所《そこ》へ友人が呼んでくれた医師が診察に来てくれた。
その診察の結果をこれからお話しようと思うのであるが、読者は信じてくれるかどうか。多分信じて貰えまいと思う。といってこれが話さずにいられようか。
いま私は起き上って、蠅の入った壜を手にとって見ている。あれから三四時間のちのことであるが、二つ頭の蠅が、俄然《がぜん》五匹に殖えている。異変は続々と起っているのだ。そして生物学的にみて、何という繁殖《はんしょく》の凄《すさま》じさであろうか。何という怪奇な新生児であろうか。
私がもし生物学者であったとしたら、蠅が卵を生み始めた頃直ぐに、重大なる事柄に気がつかねばならなかったのである。随《したが》って、近頃の私自身の気分の悪さについても、早速《さっそく》思いあたらねばならなかったのであるが、幸か不幸か、私には蠅の雌雄《しゆう》を識別《しきべつ》する知識がなかったのである。
実は私は――理学博士|加宮久夫《かのみやひさお》は、本日医師の診察をうけたところによると、奇怪にも妊娠しているというのである。男性が妊娠する――なんて、誰も本当にしないであろうが、これは偽《いつわ》りのない事実である。ああなんという忌《いま》わしき、また恐ろしいことではないか。男性にして妊娠したというのは、私が最初だったであろう。なぜ妊娠したか。その答えは簡単である。――この研究室に棚曳《たなび》いている宇宙線が私の生理状態を変えてしまって、そして妊娠という現象が男性の上に来たのだ。
私が生物学者だったら、この壜の中の蠅が卵を生んでいるときに、既に怪異に気がつくべきだった。何となれば、その卵を生んでいる蠅は、いずれも皆|雌《めす》ではなく、実に雄《おす》だったのである。そ
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