再び顕微鏡《めがね》の方に向いた。そしてプレパラートをすこし横へ躙《にじ》らせると、また接眼《せつがん》レンズに一眼を当てた。
「あのウ、先生」
「む。――」
またやって来たな、どうしたのだろうと、博士は背後をふりかえって、助手の顔を見た。
「あのウ、恒温室の温度保持のことでございますが、唯今|摂氏《せっし》五十五度になって居りますが、先生がスイッチをお入れになったのでございましょうか」
「五十五度だネ。……それでよろしい、あのタンガニカ地方の砂地の温度が、ちょうどそのくらいなのだ。持って来た動物資料は、その温度に保って置かねば保存に適当でない」
「さよですか。しかし恒温室内からピシピシという音が聞えて参りますので、五十五度はあの恒温室の温度としては、すこし無理過ぎはしまいかと思いますが……」
「なーに、そりゃ大丈夫だ。あれは七十度まで騰《あ》げていい設計になっているのだからネ」
「はア、さよですか。では……」と助手はペコンと頭を下げて、廻れ右をした。
博士は、折角《せっかく》の気分を、助手のためにすっかり壊《こわ》されてしまったのを感じた。といって別にそれが不快というのではない。ただ気分の断層によって、やや疲れを覚えて来たばかりだった。
博士は、白い実験衣のポケットを探ると、プライヤーのパイプを出した。パイプには、まだミッキスチェアが半分以上も残っていた。燐寸《マッチ》を擦って火を点けると、スパスパと性急に吸いつけてから、背中をグッタリと椅子に凭《もた》れかけ、あとはプカリプカリと紫の煙を空間に噴《ふ》いた。
(探険隊の一行が、タンガニカを横断したときは……)と博士は、またしても学者としての楽しい憶い出をうかべていた。
タンガニカで、博士は奇妙な一つの卵を見付けたのだった。助手がさきほども、駝鳥《だちょう》のような卵といったが、全くそれくらいもあろう。色は淡黄色《たんこうしょく》で、ところどころに灰白色《かいはくしょく》の斑点《はんてん》があった。それは何の卵であるか、ちょっと判りかねた。なにしろ、この地方は、前世紀の動物が棲《す》んでいるとも評判のところだったので、ひょっとすると、案外掘りだしものかも知れないと思った。鳥類にしても、余程《よほど》大きいものである。それではるばる博士の実験室まで持ってかえったというわけだった。そして他の動物資料と一緒に、タ
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