、まるで煙のようにこの部屋に忍びこんだということになる。
 このとき、どうしても気になるのは、貼りつけてあった紙を切りとって、一升桝ぐらいの四角な穴を明けていったらしい犯人の思惑だった。この穴からどうしたというのだろう。もし八尺の怪人間がいたとしたら、このような小さい穴からは、彼の腕一本が通るにしても、彼の脚は腿のところで閊《つか》えてしまって、とても股のところまでは通るまい。
「――これは考えれば考えるほど、容易ならぬ事件だぞ」
 と、帆村探偵は心の中で非常に大きい駭《おどろ》きを持った。――密室に煙のように出入することの出来る背丈八尺の怪物!
「蠅男」を勘定から出すと、イヤどうも何といってよいか分らぬ恐ろしい妖怪変化となる。果してこんな恐ろしい「蠅男」なるものが、文化|華《はな》と咲く一千九百三十七年に住んでいるのであろうか。
 帆村は、彼が糸子の傍に佇立《ちょりつ》していることさえ忘れて、彼のみが知る恐ろしさに唯《ただ》、呆然《ぼうぜん》としていた。


   宝塚の一銭活動写真


 それから二日のちのことだった。帆村荘六はただひとりで、宝塚の新温泉附近を歩いていた。
 空は珍
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