鬼神のように強い警官たちではあったけれど、この美しい令嬢が先に母を喪い今こうして優しかった父を奪われて悲歎やる方なき可憐な姿を見ては、同情の心うごき、目を外らさない者はなかった。
「おおお父つぁん。誰かに殺されてやったかしらへんけれど、きっと私が敵《かたき》を取ったげるしい。迷わんと、成仏しとくれやす。南無阿弥陀仏。――」
糸子はワナワナ慄う口唇《くちびる》をじっと噛みしめながら、胸の前に合掌した。若い警官たちは、めいめいの心の中に、この慨《なげ》き悲しむ麗人を慰めるため、一刻も早く犯人を捕えたいものだと思わぬ者はなかった。
帆村荘六とて、同じ思いであった。彼は糸子の傍に近づき、もう余り現場に居ない方がいいと思う旨伝えて、父の霊に別れを告げるよう薦めた。
糸子はふり落ちる泪の中から顔をあげ、帆村に礼などをいった。彼女の心は本当に落つきを取り戻してきたものらしい。彼女は父の屍体を、初めて見るような面持で見上げた。そして帆村の腕を抑えて、思いがけないことを問いかけた。
「もし――。父はこういう風に下っていたところを発見されたんでっしゃろか」
「もちろん、そうですよ。それがどうかしまし
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