うたんやしい。もう何云うても、こうなったら取りかえしがつかへんけれど――そないにして置いて、私がお父つぁんのところへ行こうと思うたら、行かさん云やはるのは、なんがなんでもあんまりやおまへんか」
 と、ヒイヒイいって泣き叫ぶのだった。
 それを聞いていると、糸子が父の死を既《すで》に察していることがよく分った。帆村は糸子に心からなる同情の言葉をかけて、気が落ついたら、自分と一緒に室内へ入ってお父さまの最期《さいご》を見られてはどうかと薦《すす》めた。誠意ある帆村の言葉が通じたのか、糸子は次第に落つきを回復していった。
 それでも父の書斎に一歩踏み入れて、そこに天井からダラリと下っている父親の浅ましい最期の姿を見ると、糸子はまた新たなる愕きと歎きとに引きつけそうになった。もしも帆村が一段と声を励まして気を引立ててやらなかったら、繊弱《かよわ》いこの一人娘は本当に気が変になってしまったかもしれない。
「おおお父《とっ》つぁん。な、なんでこのような姿になってやったん」
 糸子は帆村の手をふりきって、冷い父親の下半身にしっかり縋《すが》りつき、そしてまた激しく嗚咽《おえつ》をはじめたのであった。
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