いって彼は当番で見張り中の消防手なのだから、下りるわけにも行かない。そこでおいでおいでをして、梯子を上ってこいという意味の合図をした。
「よオし、ではいま上る――」
 帆村荘六は、そこで尻端折《しりはしょ》りをして、冷い鉄梯子《てつばしご》につかまった。そして下駄をはいたまま、エッチラオッチラ上にのぼっていった。上にのぼるにつれ、すこし風が出てきて、彼は剃刀《かみそり》で撫でられるような冷さを頬に感じた。
「――なんですねン、下からえらい喚《わめ》いていてだしたが」
 と、制服の外套の襟《えり》で頤《あご》を深く埋《うず》めた四十男の消防手が訊《き》いた。彼は帆村が下駄をはいて上ってきたのに、すこし呆《あき》れている風だった。
「おお、このへんな臭いだ。ここでもよく臭いますね。この臭いはいつから臭っていましたか」
「ああこの怪ったいな臭いですかいな。これ昨夜《ゆうべ》からしてましたがな。さよう、十時ごろでしたな。おう今、えらいプンプンしますな」
「そうですか。昨夜の十時ごろからですか」と帆村は肯《うなず》いて、今はもう八時だから丁度十時間経ったわけだなと思った。
「一体どの辺から匂って
前へ 次へ
全254ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング