、二人の出てゆくのにも気がつかない風だった。


   生きている主人


 夜はいたく更けていた。
 仰ぐと、寒天には一杯の星がキラキラ輝いていた。晴れ亙《わた》った暗黒の夜――
 ほとんど行人の姿もない大通りを、村松検事と帆村荘六の乗った警察自動車は、弾丸のように疾駆していった。
 天下茶屋《てんかぢゃや》三丁目は、スピードの上では、まるで隣家も同様であった。
 玉屋邸の前で、二人は車を下りた。
 扉を開けてくれたのを見ると、それは、帆村もかねて顔見知りの大川巡査部長だった。彼は直立不動の姿勢をして、
「――私がもっぱら屋外警戒の指揮に当っとります」
 と、検事に報告した。
「それは御苦労。すっかり邸宅を取巻いているのかネ」
「へえ、それはもう完全やと申上げたいくらいだす。塀外《へいそと》、門内、邸宅の周囲と、都合三重に取巻いていますさかい、これこそ本当《ほんま》の蟻の匍いでる隙間もない――というやつでござります」
「たいへんな警戒ぶりだネ」
「へえ、こっちも意地だす。こんど蠅男にやられてしもたら、それこそ警察の威信地に墜つだす。完全包囲をやらんことには、良かれ悪しかれ、どっちゃに
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