て、雨戸をガラガラと開いた。とたんに彼は、狆《ちん》のように顔をしかめて、
「おう、臭《くさ》い。へんな臭《にお》いがする」
 と吐きだすように云った。
 前の往来で、臭《かざ》評定をしていた近所のうるさ方一同は、突然ガラガラと開いた雨戸の音に愕《おどろ》いて、ハッとお喋りを中止したが、帆村が自分たちと同じように鼻をクンクンいわせているのを見上げるや、一せいにニヤニヤ笑いだした。
「お客さん。怪《け》ったいな臭がしとりますやろ」
「おう。これは何処でやっているのかネ。ひどいネ」
「さあ何処やろかしらんいうて、いま相談してまんねけれど、ハッキリ何処やら分らしめへん。――お客さん、これ何の臭《かざ》や、分ってですか」
「さあ、こいつは――」
 とはいったが、帆村はあとの言葉をそのまま嚥《の》みこんだ。そして彼は帯を締めなおすと、トントンと階段を下りて、玄関から外に出た。
「えらい早うまんな。お散歩どすか」
 奥から飛んで出てきた仲働きのお手伝いさんが、慌《あわ》てて宿屋の焼印《やきいん》のある下駄《げた》を踏石の上に揃えた。
「ああ、この辺はいつもこんな臭いがするところなのかネ」
「いいえ
前へ 次へ
全254ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング