焼場の臭?」お手伝いさんは白いエプロンを急いで鼻にあてた。「そうやそうやそうや。うわァこら焼場の臭《にお》いやがナ」
 そのうちに、臭いを気にする連中が、あとからあとへと起きてきて、てんでに廂《ひさし》を見上げたり、炊きつけたばかりの竈《かまど》の下を気にしたりした。だがこの淡い臭気が、一たい何処から発散しているものか、それを突き止めた者は誰もなかった。
 ワイワイと、近所の騒ぎはますます激しくなっていった。しかも臭気はますます無遠慮《ぶえんりょ》に、住民たちの鼻と口とを襲った。
 東京のビジネス・センター有楽町に事務所をもつ有名な青年探偵の帆村荘六《ほむらそうろく》も、この騒ぎのなかに、旅館の蒲団《ふとん》の中に目ざめた。彼は或る重大事件の調査のため、はるばるこの大阪へ来ていたのだった。そして昨夜から、このマスヤ旅館に宿泊していた。
「――や、どうも。帝塚山はたいへん静かだという話だったが、こう騒々しいところをみると、あれはわざと逆の言葉を使って、皮肉を飛ばしたつもりなのかしら」
 彼は寝不足の充血した目をこすりながら、起きあがった。そして丹前《たんぜん》を羽織《はお》ると、縁側に出
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