》な臭《にお》い


 大阪人は早起きだ。
 それは師走《しわす》に入って間もない日の或る寒い朝のこと、まだあたりはほの明るくなったばかりの午前六時というに、商家の表戸はガラガラとくり開かれ、しもた[#「しもた」に傍点]家では天窓がゴソリと引き開けられた。旅館でも病院でも学校でも、鎧戸《よろいど》の入った窓がバタンバタンと外へ開かれ、遠くの方からバスのエンジンの音が地響をうって聞えてくる。……
「なんやら。――怪《け》ったいな臭《かざ》がしとる」
「怪ったいな臭?――やっぱりそうやった。今朝からうち[#「うち」に傍点]の鼻が、どうかしてしもたんやろと思とったんやしイ。――ほんまに怪ったいな臭やなア」
「ほんまに、怪ったいな臭や。何を焼いてんねやろ」
 旅館の裏口を開いて外へ出たコックとお手伝いさんとは、鼻をクンクンいわせて、同じような渋面《しぶつら》を作りあった。
 ここは大阪の南部、住吉区《すみよしく》の帝塚山《てづかやま》とよばれる一区画の朝だった。
「この臭《かざ》は、ちょっとアレに似とるやないか」
「えッ、アレいうたら何のことや」
「アレいうたら――そら、焼場の臭や」
「ああ、
前へ 次へ
全254ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング