一向知らへんし、第一、お父さんはナ、人様から恨みを受けるようなことはちょっともしたことないわ。ことに殺されるような、そんな仰山な恨みを、誰からも買うてえへんわ」
「本当やな。――本当ならええけれど」
「本当は本当やが、とにかくこれは脅迫状やから、警察へ届けとこう」
「ああ、それがよろしまんな。うち[#「うち」に傍点]電話をかけまひょか」
「電話より、誰かに警察へ持たせてやろう。会社へ電話かけて、庶務の田辺に山ノ井に小松を、すぐ家へこい云うてんか」
娘の糸子が電話をかけに行っている間に、邸内《ていない》の男たちが呼び集められた。玉屋総一郎は、ともかくも蠅男の襲撃を避けるため、自分の居間に引籠《ひきこも》る決心を定めた。それだからまず外部から蠅男の侵入してくるのを防ぐために、四つの硝子窓を内側から厳重に羽根蒲団とトタン板とでサンドウィッチのように重ねたもので蓋をし、釘づけにした。それでもまだ心配になると見え、窓のところへ、大きな書棚や戸棚をピタリと据えた。
「どうです、旦那はん。これでよろしまっしゃろか」
「うん、まあその辺やな」
「あとは、明《あ》いとるところ云うたら、天井にある空気|
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