く》の天下茶屋《てんかぢゃや》三丁目に、ちかごろ近所の人の眼を奪っている分離派風の明るい洋館があった。
 太い御影石《みかげいし》の門柱には、「玉屋」とただ二字だけ彫ったブロンズの標札が埋めこんであったが、これぞいまラジオ受信機の製造で巨万の富を作ったといわれる玉屋総一郎の住宅だった。
 丁度《ちょうど》その九時ごろ、一台の大型の自動車が門内に滑りこんでいった。乗っていたのは、年のころ五十に近い相撲取のように巨大な体躯の持ち主――それこそこの邸の主人、玉屋総一郎その人だった。
 車が玄関に横づけになると、彼はインバネスの襟《えり》をだらしなく開けたまま、えっと懸け声をして下りたった。
「あ、お父つぁん」
 家の中からは、若い女の声がした。しかしこの声は、どうも少し慄《ふる》えているらしい。
「糸子か。すこし気を落ちつけたら、ええやないか」
「落ちつけいうたかて、これが落ちついていられますかいな。とにかく早よどないかしてやないと、うち[#「うち」に傍点]気が変になってしまいますがな」
「なにを云うとるんや。嬰児《ややこ》みたよに、そないにギャアつきなや」
 総一郎はドンドン奥に入っていっ
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