ずくめの紳士は、室内に飛びこんできた。
「もし看護婦さん、この窓は、さっきから開いていたのかね?」
「ええ、なんでございますって。窓、ああこの窓ですか。さあ――変でございますわネ。たしかに閉まっていた筈なんですが」
 ベッドの頭の方にある中庭に面した窓が、上に押しあげられていたのである。誰がこの窓を開けたのだろう。そして誰が患者の身体を攫《さら》っていったのだろう。
 紳士は窓ぎわへ急いで近づくと、首を出して外を見た。地上までは一丈ほどもあり、真暗な植込みが、窓から洩れる淡い光にボンヤリ照らし出されていた。しかし地上に帆村の姿を見出すことはできなかった。
「どうも困ったネ」
「あたし、どうしましょう。婦長さんに叱られ、それから院長さんに叱られ、そして馘になりますわ」
 看護婦は、蒼い顔をして崩れるように、椅子の上に身体を抛《な》げかけた。
 そのときであった。開いた窓枠に、横合から裸の細長い脚が一本ニューッと現われた。
「アラッ、――」
 と看護婦は椅子から飛びあがった。
 つづいてまた一本の脚が、すこしブルブル慄《ふる》えながら現われた。それから黄八丈《きはちじょう》まがいの丹前《た
前へ 次へ
全254ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング