彼は勇躍《ゆうやく》して、化粧室の扉を押した。
「この家のうちに、主人鴨下ドクトルのほかに、誰か居たかが分ると面白いんだが――」
 彼の狙《ねら》いは、さすがに賢明だった。
 化粧室を入ったところの正面に、大きな鏡が一枚|掲《かか》げてあった。彼はその鏡の前に立って、台の上を注意ぶかく観察した。果《は》てには台の上に、指一本たてて、スーッと引いてみた。すると台の上に、黒い筋がついた。その指を鼻の先にソッともっていって、彼はクンクンと鼻を犬のように鳴らした。
「フーン。これはフランス製の白粉《おしろい》の匂いだ。すると、この家の中には、若い女がいたことになる。しかも余り前のことではない」
 彼はそこで、なおも奥の方の扉を開いて、中に入った。しばらくすると、彼の姿が再び現われた。その顔の上には微笑が浮んでいた。
「いよいよ若い女がいたことになる。きょうは十二月一日だ。すると十一月二十九日ぐらいと見ていいなア。主人公が留守にした日の前後だ。これは面白い」
 廊下を出ると、そこに階段があった。それを上ろうとすると、一人の警官が横合から現われ、彼の後について、その階段をのぼってゆくのであった。
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