て居ります。こないに帆村はんを苦しめるくらいやったら、うち[#「うち」に傍点]が蠅男に殺されてしもうた方がどのくらいましやか知れへんと思うて居ります」
「何を仰有るのです。まだ蠅男との戦いは終って居ないではありませんか。そんな弱気を出しては、貴女のお父さんの仇敵《かたき》はとても打てませんよ」
 と帆村はさり気なく糸子の言外の言葉を外して、ただ一筋に彼女を激励した。糸子はあとは黙って、伏目勝ちに帆村の傍で空になった盆を頻《しき》りに撫でて居た。今更説明する迄もあるまいが、昨夜蠅男を糸子の邸に誘い込んだのも総て帆村の計略だった。彼は蠅男と決戦をする為に態《わざ》とそう云う機会を作ったのだった。最初宝塚ホテルで糸子に「いやらしい人」と腹を立てるよう頼んだのも帆村の計略だった。それから糸子が後ほどホテルの帳場に「帆村さんが帰って来たら蠅男の秘密を言うから来て呉れ」と嘘を言わせたのも彼の計略、それから帆村がウイスキーに酔払って道頓堀で乱暴を働き豚箱に打込まれたのもその計略だった。そこで帆村は、親しい正木署長を呼んで貰って事情を話し、留置場を出して貰うと直ぐに糸子の邸に隠れて、蠅男を迎える準備に
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