夫? ああ井上一夫といえば、蠅男の仮称である。蠅男はいまごろ何の用あってホテルに電話をかけてきたのだろうか。三人は恐怖のあまり言葉もなく、サッと顔色を変えた。


   蠅男の声


 井上一夫という偽名を使っている怪人蠅男が、ホテルへ電話をかけてきたというボーイの注進である。
 帳場氏はもちろん真蒼に顔色をかえると、勇猛をもって鳴る大川司法主任も、空のトランクから手を放して、木製人形のように身体を硬直させた。ひとり帆村探偵は、咄嗟《とっさ》の間にも、この際どうすればいいかを知っていた。
「さあ君、帳場に来ている蠅男の電話を、早くその電話器につなぎかえたまえ」
 と、この三三六号室の卓上電話器を指した。
 帳場氏はオズオズと受話器に手をかけた。間もなく蠅男の声が、そのなかに流れこんできた。
「えッ、帆村さんだすか。へえ、居やはりま。いま代りますさかい。――」
 帳場氏は帆村の方をむいて、蛇でも渡すかのように、受話器をさしだした。そして自分はうまく助かったとホッと大きな息をついた。
 帆村は無造作《むぞうさ》に受話器をとった。しかし彼はそれを耳にもっていく前に、左手で鉛筆を出し、ポケット
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