きな二つの目玉がついた防毒マスクを被っていた。だから本当の顔はハッキリ分らなかった。ただ丸い硝子《ガラス》の目玉越しにギラギラよく動く眼があったばかりであった。
「呀《あ》ッ、あれは誰だす」
「うむ、今はじめて見たんだが、あれこそ蠅男に違いない」
「ええッ、蠅男! あれがそうだすか」
「残念ながら一杯うまく嵌《は》められた。自動車があの山の端を曲ったところで、蠅男はヒラリと飛び下りて叢《くさむら》に身をひそめたんだ。あとは下り坂の道だ。自動車はゴロゴロとひとりで下っていったのだ。ああそこへ考えがつかなかった。とにかく一本参った。しかし蠅男の姿をこんなにアリアリと見たのは、近頃で一番の大手柄だ」
 帆村は下から、傲然《ごうぜん》と崖の上に腕をくんで立つ蠅男を睨《にら》みつけた。
「呀ッ、帆村はん。あいつは味噌樽《みそだる》を下ろしていまっせ」
「うん、蠅男はあの三輪車に乗って逃げるつもりなんだ。僕たちが崖へ匍《は》いのぼるまでには、すくなくとも三、四十分は懸ることをチャンと勘定にいれているんだ。その上、うまく崖の上に匍いあがっても、僕たちに乗り物のないことを知っているんだ。まるで、ジゴマ
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