まで探しに行ったのに、このなかにはから[#「から」に傍点]紅《くれない》の血潮に染まった怪人の屍体があるかと思いの外、誰も居ない空っぽであった。
 帆村は真赤になって地団駄《じだんだ》をふんで口惜しがったが、それとともに一方では安心もした。彼はこの車の中にひょっとすると糸子が入っているかも知れないと思っていたのだ。或いは無慚《むざん》な糸子の傷ついた姿を見ることかと思われていたが、それはまず見ないで助かったというものだ。
「帆村はん。この自動車を運転していた蠅男はどうしましたんやろ」
「さあ、たしかに乗っていなきゃならないんだがなア、ハテナ……」
 帆村が小首をかしげたとき、二人は警笛の響きを頭の上はるかのところに聞いてハッと硬直した。
「あれは――」と、崖の上を仰いだ二人の眼に、思いがけない実に愕くべきものが映った。
 さっき二人が乗り捨ててきた自動《オート》三輪車のそばに、一人の怪人が立っていて、こっちをジッと見下ろしているのであった。彼は丈の長い真黒な吊鐘《つりがね》マントでもって、肩から下をスポリと包んでいた。そしてその上には彼の首があったが、象の鼻のような蛇管《だかん》と、大
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