鉄の棒を差していた。これは先刻、池谷控家の前の林の中で拾った護身用の鉄棒だった。帯に挿んで背中にまわしてあったので、うまく落ちないで持ってこられたのだった。長吉は仕方なく腰から手拭いを取って、その端に手頃の石をしっかり包んだ。もし蠅男がでたら、端をもってこの包んだ石をふりまわすつもりだった。
二人は、背の丈ほどもある深い雑草のなかを掻《か》きわけるようにして、山峡を下りていった。
十分ほど懸って、二人は遂に谷の底についた。幌《ほろ》は裂け鉄板は凹み、車体は見るも無慚《むざん》な壊《こわ》れ方《かた》であった。
帆村は勇敢にも、ぐるっと後部の方に廻ってから自動車の方に匍っていった。長吉は固唾《かたず》を嚥んで、帆村の態度を注視していた。
帆村は飛びつくようにして遂に車体にピッタリとくっついた。彼の首が次第次第に上ってきて、やがて幌の破れ目から車内を覗きこんだ。
そのときである。帆村が胆をつぶすような大きな声で叫んだのは……。
「これは変だ。自動車は空っぽだ。中には誰も乗っていないぞッ」
愕《おどろ》くべきニュース
折角《せっかく》幌自動車に追いついて、はては崖下
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