から山道に懸ったが、やっと前方に怪人の乗った自動車の姿をチラと認めた。
「うむ、向うの方へ逃げていくな」
道が悪くて、軽い車体はゴム毯《まり》のように弾《はず》んだ。そのたびごとに、樽の上に御座る店員先生は悲鳴をあげた。
「モシ、樽の上のあん[#「あん」に傍点]ちゃん。この道はどこへ続いているんだね」
暴風雨《あらし》のような空気の流れをついて、帆村が叫んだ。
「この道なら、有馬へ出ますわ。お店と反対の方角やがナ」
店員先生が、半泣きの声で答えた。
「うむ、有馬温泉へ出るのか。――あと何里ぐらいあるかネ」
「そうやなア。二里半ぐらいはありまっせ」
「二里半。よオし、なんとしても追いついてやるんだ」
帆村の姿と来たら、実にもう珍無類《ちんむるい》だった。これはあまりにも勇ましすぎた。若い婦人に見せると、気絶をしてしまうかも知れない。なにしろ、正面からの激しい風を喰《くら》って、どてらの胸ははだけて臍《へそ》まで見えそうである。その代り背中のところで、どてらはアドバルーンのように丸く膨《ふく》らんでいた。ペタルの上を踏まえた二本の脚は、まるで駿馬《しゅんめ》のそれのように逞《たくま
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