ので、車からふり落とされそうになった。それでまた屁ッぴり腰をして樽の上に蹲《かが》み、そして車からふりおとされないために顔を真赤にして一生懸命荷物台に獅噛《しが》みついた。
「こら、無茶するな、泥棒泥棒」
「そうだそうだ。もっと大きな声で呶鳴《どな》るんだ」
「ええッ」と店員先生は怪訝《けげん》な顔をしたが、「おお皆来てくれ、泥……」
 といいかけて首をかしげた。
「こら妙なこっちゃ。この泥棒野郎が車を盗みよって、乗り逃げしてるのや。しかしその車の上にはチャンと俺が載っているのや。すると俺は車を盗まれたことになるやろか、それとも盗まれてえへんことになるやろか、一体どっちが本当《ほんま》やろか、さあ訳がわからへんわ」
 ゴトゴトする樽の上に店員先生が車を盗まれたのかどうかということを一生懸命考えている間に、帆村は眼を皿のようにして前方に怪人の乗った自動車をもとめて自動三輪車を運転していった。
 怪人の自動車は、道を左折して橋を渡ったものらしい。
 温泉場の間を縫って狂奔していく三輪車に、湯治の客たちは胆をつぶして道の左右にとびのいた。
 帆村は驀地《まっしぐら》に橋の上をかけぬけた。それ
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