わせた。店員は呀《あ》ッともいわず、地上に尻餅をつくなり長々とのびてしまった。
「済まん済まん。あとから僕を思う存分殴らせるから、悪く思わんで……」
と、心の中で云いすてて、帆村は車の上にまたがった。そしてエンジンを懸けて走りだそうとしたが、彼はこのときなにを思ったものか、また地上に下りて、伸びている店員先生を抱き起した。
活を入れると、店員先生はすぐにウーンと呻りながら気がついた。それを見るより、帆村は店員先生を背後から抱えて、車の後部に積んだ味噌樽の上に載せた。
このとき店員先生はやっと、この場の事情を知った。
「こら、何をするんや、泥棒!」
拳骨を喰うわ、車は取られるわ、この上車の上に載せられようとする。彼は憤慨の色を浮べるより早く、帆村に喰ってかかるために樽の上に立ち上ろうとした。
帆村は早くもこれに気づいた。
「まあ落つけ」
彼は一言そう云ってヒラリと車に跨《またが》ると、素早くクラッチを踏んだ。自動《オート》三輪車は大きく揺れると、弾かれたように路地から走りだした。
「ああッ、あぶないあぶない」
店員先生は樽の上に立ちあがろうとしたが、たちまち車が走りだしたも
前へ
次へ
全254ページ中112ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング