と開いてみた。中には夜具《やぐ》や道具が入っているばかりで糸子の着物の端ひとつ見えない。
 さて困った。糸子はどこへ行ったのだろう。次の部屋だ。――
 そのとき帆村の脳裏に、キラリと閃《ひらめ》いた或る光景があった。それは糸子が宙に吊りあげられているという、見るも無慚な姿だった。彼女の白い頸には、一本の綱が深く喰いこんでいるのである。……
(ああ厭だッ)
 帆村は両手で目の前にある幻をはらいのけるようにした。それは彼にとって不思議な経験だった。これまで彼は数多《あまた》の残虐な場面の中に突進した。しかし一度だって、恐ろしさのために躊躇をしたり厭な気持になったことはない。それは職業だと思うからして起る冷静さが、そういう感情の発露《はつろ》をぎゅッとおさえたのである。しかしいま糸子の場合においては、それがどういうものか抑えきれなかったのは不思議というほかない。糸子がそんな残虐な姿になるには、あまりに可憐だったからであろうか。それとも帆村が彼女の危難を知りながらも、この邸内に送りこんだ責任からだろうか。とにかく帆村にとっては、糸子の苦しんでいる姿を見ることさえ辛く感ずるのだった。彼は急に気が
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